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27章 道路と環境 [都市]

27.道路と環境

練馬区から板橋区にかけて、環境アセスメントに従って、都市計画道路である環八が完成し、5月末に全線が開通した。
最近の環境を意識せざるを得なかった時代に造られた環八は、様々な形を都市にさらけ出している。郊外における本線掘割の構造は、緑に乏しい無味乾燥な道路空間を地区に提供した。地区の住民との合意が求められた環境施設帯区間と、騒音影響だけが議論された掘割区間とを比較すると、地区の住民の姿が見えてくる。

既に興味を失いつつあるが、道路と環境は、私の30代から40代のテーマだった。
予定的な答えを机上で解く環境アセスメントではなく、既存の道路における公害への対応である。
それは、都心にまで幹線道路の必要性を認めるわが国の都市において不可避な問題である。以前環七の沿道に住んだことがあるが、このテーマにたまたま当たったために、環七、環八を通して、様々な人に出会い、私にとっての都市の計画の糸口になったが、このテーマがあったために、長い間同じ領域に足を止めたことも確かである。
そして今、制度のみに興味を示した霞が関と、地方行政の担当以外に、殆ど誰もこのテーマを具体的には取り上げてこなかった記憶が蘇る。

環七と付き合ったとき、住民は歩道を地区の施設だと認識していたことに新鮮な驚きを覚えた。対立軸は、道路と沿道だけでなく、沿道と背後地の居住者の間にもあった。
また幹線道路では、沿道での工夫や歩道だけでなく、併せて、地区内の生活道路や緑地が必要であると思い至ったが、年をとると違うまちが見え、発想が生まれる。

通過する地域は個性豊かなのに、道路に向いた沿道の景観は似通っている。
環七から10年近く経った環八の杉並で計画を考えていたとき、ふとそこに思い当たった。
沿道の土地利用だけが、その地域ではなく、道路空間の一部に属していく。そうであれば、道路内での対応は勿論のこと、沿道とその背後の地域の両者を同時に計画しなければ、沿道の土地だけが、地域の犠牲として公害にさらされる場として提供されることになる。

30代の始め、道路機能と生活機能のトレードオフからスタートし、30代後半から沿道整備という制度で解くことを余儀なくされ後、40代、道路と沿道相互の様々な関連性を通して特殊場面を解き、50代の始め、制度の改正を期に、道路機能と沿道機能間における対策のバランスシートを描くことでそのテーマは閉じた。

道路環境問題のテーマは、私にとって、必然性から始まり、個別性に移行し、一般性で終了した。問題を解くに当たり、パイ(=道路の負荷と沿道での対応)を大きくしながら解くか、小さくして解くか、最後に残ったのはその課題だった。
本来は、道路の負荷が大きければ、その負荷を如何に減少させるかが課題のはずである。しかし、制度は放っておくと、自己増殖し、パイを大きくして解く方法が模索される。そして行政は放っておくと、自己責任を回避する行為を選択する。

その課題は、環境問題が制度的に取り上げられた時、どのように展開され、どのように収束するのかを私に実感させてくれたものでもあった。
43号最高裁訴訟が続いた間、制度が問題を解決するかのように、霞が関は議論を重ねた。そして阪神大震災の年にあった、管理瑕疵の判決以降、道路行政は自己存在のアリバイ証明に努め、制度の改正に短期間で至った。彼等の具体性は、現実の中にではなく、彼等が手にしている法的に有意を持つ文字の中にあった。

43号問題が回答を得たとき、道路と環境の問題は、表向きは行政が責任を持つ課題として表現されることにされたが、その実、道路行政は自らの権利を拡大させるテーマを獲得したのだ。
しかしそれならば何故、作り続ける時代から、維持管理に移行している時代に、既設道路の再生といった課題にシフトしなかったのだろう。
その答えは、道路財源の確保という組織の命題にあるとしても、余りに虚しい。

建設コンサルタントに職を得ている若い技師に、道路のコンサルタントに未来はあるか聞かれたことがある。私は、この業界では財源豊富な道路にしか恐らく未来はないが、その状況は我が国の未来にとって幸福なことではないと答えた。
道路財源を公共財源に移し替えることの議論が、人口減少が進み、高度な福祉を維持しつつ、逆都市化を考える必要が生じる時代、我が国の今後にとって重要な課題となる。

道路と環境は、この四半世紀に焦点が当たったテーマであったが、都市型社会においてこれから枢要な地位を占め続けることになろう。
20世紀の最後に、43号最高裁判決以降、大気汚染に係る西淀川訴訟、川崎訴訟、尼崎訴訟、名古屋南部訴訟に対する判決が次々に出された。予想されたことであるが、道路管理者の管理瑕疵という以外の答えは出なかった。そして、生活障害から、健康被害という判決の内容にシフトしている。最後に残る東京大気汚染訴訟も同様である。

問うべきは単に対策ではなく、自動車社会時代であり、今世紀末に露になった従来の福祉の概念を超えた肥大化した公権と消費社会のあり方だったのだ。
残る行政のテーマは高度な福祉のもとでの、環境と健康である。
人口減少と財政難に応じて、都市・行政サービスを縮小する時代、歩行を意識した集住の形である、コンパクトシティの必要性が取り上げられている。
都市内に縦横に幹線道路をつくり、大量な自動車を迎え入れた都市は限界に達し、ヒートアイランド化しただけでなく、機能においても次の時代に不相応になってしまった。今話題となっている外環は東京に何をもたらすのだろう。
過度な車依存型の社会から脱却する方法は、恐らく、従来の全体の機能を追及した都市計画の考え方の延長からではなく、街に住まうことから出てくるように感じる。


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